9月 1st, 2010

友達百人できるかな?
とお歌を歌った小さなわたしに百人も友達はできなかったし、そんなにも必要がなかった。
主としてマイロが居たからである。
その代わり面白くて素敵な人が少数精鋭で自分の周りに集まった。
わたしの不義理で去って行った人もいるけれど、今でも続いているお友達もいる。
生きているとは浮動ということだ。
わたしはいわば浮動小数点だ。なんとなくだ。
古くはmojoboxというウェブサイトを始めたころからのお友達で、犬之介という人が居り、その人は素晴らしく面白い。頭の回転が恐ろしく素早いのでついて行くのに必死であるが、こちらが「あ」と声を発すれば「はい」と姿勢を正してこちらの言葉を聞いてくれる。優しい。賢い。変。これらを三つを合わせると天才や奇才となるのはご存知の通り。
彼こそはタイに在住し、わたしにお守りの世界を教えてくれた人物に他ならない。
そのブログ「プラ・ネタ」には一般の人にはわかりかねる世界が、独特の文体で書かれている。にも関わらず、多くの人がその世界に魅了されるには間違いないのである。
面白いから。出来たらブログ記事の最初の方から遡って読んで欲しい。
このようなお友達と交じり合って、その順列組み合わせが無限にあって、わたしの周りの世界が構築され続けている。
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小説「スパズム」更新しました。
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超カンタン! 最強メディア ブログ成功バイブル
百世 瑛衣乎

10分で本格タイごはん
味澤ペンシー

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8月 27th, 2010

セックスがしたい。まぐわいたい。抱きたい。
色々な言葉があるけれども、男子であれば日常の8割方はそのことについて考えている。
しかしながら、悲しいことにはその9割以上は叶えられぬ思いで、切なく苦しい気持ちを抱えて生きている。
振り返って、自己にその責があるのではないか?性的な魅力に乏しいのではないか?
と思い立って背筋を伸ばして歩いてみたり、筋肉を鍛えてみたりしてもあまり効果はなく、健全な肉体がよりリビドーを高めるだけの虚しい結果となる場合が多い。
そのような日々の中でふと気づいたことがある。それは性的刺激の奥深さである。
女性の裸体の写真やまたは生きている女性のうなじ・胸の膨らみ・腰から臀部への畝など、直接的なものは刺激となるには十二分であるけれど、その他、例えば避妊用具の販売コーナーや路地の道祖神、みやげ物の秘宝アイテム、ラブホテルの満員のランプなども十分な刺激となりうる。
直接ではないが、それらのモノは人間が生々しく活動し、自分の生きているこの世の中で、またそれ以前の祖先達の時代で、同様の営みが行われていたことや、それらは人間の(男女ともの)等しい興味であることが感ぜられ、「ふん!わたしも頑張らねばならぬ!マスラオをもっと挿入せねばならぬ!」と奮起させられるのである。
深い。もっと深くに行きたいと思う。
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8月 24th, 2010

胸を切断されるような事柄に出会うと、僕は眠ることにしている。
一時間ほどトロトロ眠る。
その事柄と連続した一日を生きることを拒むのだ。
うつうつとした浅い夢の中で僕は勃起したり、泣いていたり、怒っていたりしている。現実的な感触が夢という触手で僕を愛撫する。
マイロに言わせれば、僕は再起動を行っているのだと言う。
スイッチが切れる。
そして入る。
日付の上では連続していても、もう僕は脱皮しているから安心安心。
逆に眠れずに苦しんでいる人は、日付が変わっても同じ連続を生きている。
スリープ。
Above
Mad Season

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8月 18th, 2010

恐ろしいことが行われている。
自らの子供に暴力を振るったり、信頼が崩れたり、笑顔が壊れたり、戦争が起こったり、貨幣の価値が上がり下がりしたり、病気が発覚したり、死亡したり・・・。
なんという恐ろしい世界だろう。
その世界を生きるわたしの子供や、その他わたしの大事な人たちは、
強くならねばならないのだけれど、それは勝負事のお話ではなくて、
明るい池の畔に立つような、源の力であると思うので、
空を見上げたり、本を読んだり、生き物を見たり、歩いたり、抜いたり挿したり、
そういった動きの積み重ねが、沈殿して結晶になるまで、見詰め合うことなのだと思う。
薬を齧りながら眠っていても、
そういったことをマイロと夢で話し合っていた。
これらがあなたに感染したら、いつまでも頭の中でゆらんゆらんと揺れますよ。
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8月 15th, 2010

わたしはどうしようもない阿呆でありますが、どうしようもない阿呆だからこそ鳴る音というのは存在するわけでございまして、どうしようもないギターを弾いたりしますし、どうしようもない歌を作って歌ったりします。
わたしの魂はどこにも及ばずただただ漠然と涙の中に埋もれるように、そこかしこを引きずり込みながら沈没する一つの幽霊船です。
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そういえばCD欲しい人いるのだろうか?
ジャケットも手作りでアングラ感満載のしかも中身はドロリッチ。
送料くらい負担してやるぞ!という方はmojo.wooormz@gmail.comまでメールを下さいませ。
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8月 12th, 2010
なんて美しく素晴らしい歌なのだろう。
最近で一番ピコーン!と来た音。
Suspicious Package
アール・グレイハウンド

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プラクルアン販売を少しずつスタートしています。
お値段は3000円から。大事にしてくれる人に持って欲しいと思ってます。
良ければお問い合わせを!

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8月 10th, 2010

永遠の仔を読んでいたら、山に登りたくなった。
数年前に死んだ祖父のことを思い出す。
確か僕は4歳くらい。夏で、田舎に帰っていた。
散歩の途中で
「(田舎の)島で一番高い山に登ってみよう」
と言った祖父はそのままの足で山に向かった。
人の入った気配のない荒れ放題の山道を二人で這うようにして登った記憶がある。
蟻を見つけた僕に「大きな蟻だろう?山では蟻も大きいだろう?」と言った。
きつくはなかった。むしろ二人とも幸福で、笑っていたくらいだった。
さぁ頂上だというところで棘のついた枝が行く手を塞いでいて、「無理かなぁ」とさすがに思ったのだけれど、次の僕の記憶は頂上だ。棘の枝は祖父がなんとかしたらしい。
見晴らしのいいその小さな頂きは海と空で真っ青だった。
祖父が「ああ、間違えた。隣の山の方が高い」と言ったのを覚えている。
下りの道では僕をおぶってくれた。転んでは笑い、笑っては転びながら下山した。
みんなの宿泊する家に着いた時、二人の行方がわからずにちょっとした騒ぎが起こっていた。
山に登ったことは誰も信じなかった。
「山道も整備されていない山に小さい子を連れて登れない」と言う人に
「上と下がわかっていて登れない山があるもんか」
と祖父は優しく答えていた。
このキラキラした記憶は僕の奥底に残っていて、何かの折に触れ頭に蘇る。
先日、命日だった祖父も頭の中にキラキラと蘇る。
永遠の仔〈1〉再会 (幻冬舎文庫)
天童 荒太

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8月 6th, 2010

鳩尾(みぞおち)のあたりの骨がブルブルブルと痙攣するという症状に襲われている。
心臓の具合でも悪いのかと思ったのだけれど、どうも骨が震えてるように思う。
調べてみるとそこには剣状突起という骨があるらしい。
わたしの胸にある剣(つるぎ)がわたしを突き刺そうとしているのだろうか?
ジャンキーのように歌うから・・・だろうか。
マイロと相談の上、病院には行かないことに決めた。
お医者はきっとわたしを視ることが出来ない。
深い次元のわたしは愛や憎しみで満たされた一つの器のようだろうから。それは一つのエロスだろうから。
残念ながら、そこまで科学のメスは届きはしない。
わたしの尊敬する叔父は通信簿にこう書かれていた。
「概ね良い子であるが、授業中に時折、奇声を上げる」
そのことを知った時のわたしの誇らしげな気分がわかる人になら、ここまで降りてこれると思う。
君がここまで来たらお手手をつないでもっと潜ろうね。
Posted in 1)■■■■■■日記, 5)■■■■■■記事, ヌラヌラする日々, プラクルアン | No Comments »
8月 3rd, 2010

絶海の孤島がわたしのルーツとなる。
父方も母方もこの島を中心に回転している。
お墓がそこにあるのでお参りに行った。
といっても泊まったのは隣の島でわがルーツなる島に宿泊の施設がないことから、船で島へ渡ってお墓にお参りをすることになる。
料理は美味しく、島の人々はお年寄りばかりだが、真っ直ぐで温かい。遠縁にあたるわたしや息子にもよくしてくれる。
しかし、彼らの人生にも狂いは生じていて、認知症、息子達や孫達が離縁や神経病み、手術が必要な大きな病気。大小様々な災いが降りかかっているのを聞く。
島の人々は強く逞しいが、その勢いで全てを打ち負かすには人生はあまりに大きく、運命はあまりに過酷なのだ。
どこへ行っても人間の営みは残酷でむごたらしい。
夜、ハルシオンを飲んだ。
豆球の明かりの中で、電気の傘の中を動く小虫を眺めながら、わたしはツツと涙をこぼした。
「どうしようもないけんね。さぁトウモロコシを食べなさい。美味しいから食べなさい。」
砂糖が含まれてるのではないかと思うほど甘いトウモロコシだった。
小虫の数が少しずつ数えられなくなって、気がつくと朝。
おはよう。おはよう。
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7月 29th, 2010

デパスを愛用してきたのだけれど、少し効きが悪くなってきたような心地がするので、
一時的にハルシオンに変更している。
ハルシオンには銀ハルと金ハルとがあって、包装の具合で区別される。
ハルシオン銀:0.25ミリグラム(中身はブルー)。
ハルシオン金:0.125ミリグラム(中身は紫)。
言うまでもないけれど、銀ハルの中身はブルーの楕円形の錠剤になっているため、ちょっと見にはバイアグラに見えなくもなく、睡眠薬を考えるにあたって性欲は外したいわたしとしてはちょっと・・・と思う。
ひるがえって金ハルは中身が紫。睡眠薬界においては小は大を兼ねると考えられるので、ミリ数の少ない方を押したいと思う。
なぜかというと、少ないミリ数ならば眠れない際にもう一錠足せるが、多く飲みすぎた場合は明日の朝の後悔まで取り返しがつかないからだ。
例えば、0.25ミリグラム必要な人でも、
「日によって半分でも眠れる時があります」
などとお医者に言うと気心の知れたお医者であれば、金ハルを2錠(=銀ハル1錠)の計算で処方してくれたりする。
デパス抜きのために久々に飲んだハルシオンはよく効いて、次の日の午前中は少しボーっとした。
やや苛々もしたのだけれど、これは脳の一番外側にある理性の皮膜がハルシオンの残滓によって、機能低下していたからだと思う。
こういう日中のことをしっかりと気をつけて管理しなければ、睡眠薬とうまくは付き合えない。
ブッダのことば―スッタニパータ (岩波文庫)
中村 元

Posted in 5)■■■■■■記事, 睡眠薬入手マニュアル | Tags: デパス, ハルシオン, 睡眠薬 | 4 Comments »