
photo by VQ1005
新聞を見ていたら朝鮮半島の有名な山で観光客が射殺されたという記事が載っていた。
その山はジジイが書いていた小説の舞台となった山だったからジジイのことを鮮明に思い出した。
ジジイはボクにとっては強烈でボクが作り話ばっかりするのも、創作することに興味を持ったのもジジイのおかげだと思っている。大陸での不安な原風景語り。4、5歳のボクをおぶって突然山に登る突飛な行動力。ジジイは自由で強く、そしてお茶目だった。
いろんな人が背後霊やスピリチュアル的にボクはジジイに守られているという。
でもボクが思うに、それはボクの神経シナプスの連結の隙間にジジイの劣化コピーがあるからだと思う。
ジジイについての莫大な情報量を基にボクは脳内でジジイをシミュレートする。いつだってアクセス可能なジジイが頭、もしくは心の中に存在する。勿論劣化コピーなので完璧ではないがそれゆえに神性をもって正しいことを言う。
オカンやオトンも入っているんだろうけどオリジナルがいるので境界が曖昧だ。
ジジイはもう死んでしまっているのでオリジナルがなく境界がハッキリわかる。
ジジイ領域からのメッセージはいつだって明快で単純でストロング。それは既に言語限界を超えているので声でボクを呼びかけるだけでボクは色々な視点を得ることができる。ボクはジジイの何パーセントかのDNA配列を受け継ぎ、そしてジジイを脳内にシミュレートしている。ボクにジジイを視るヒトがいても不思議じゃあない。
このところボクは死について考えてた。
ボクは老いる。今もこの瞬間も老いている。若い頃にやっておきたかったこと無駄に過ごした時間。この先ボクを待つ未来。その全ては白黒写真で何の価値もない気がして虚無に襲われたネバーエンディングストーリー状態だった。
でもそれはボク単体でのお話。
触れることのできる愛するヒト、知り合いのヒト、回線を通じてこの文章を読むヒト、全てのヒトにボクは感染する。
情報の多少はあるにせよ、それらのヒトの幾人かはボクを脳内にぶっこみ、ボクの劣化コピーを形づくる。
ボクの虚無的な人生も風景や言語やその他いろいろになってそれらの人のシナプスの間で踊る。もしくは笑うのだ。たぶんあまり檄を飛ばすようなことはしないだろうけどトリックスター的にボクの劣化コピーが誰かを救うこともあるだろう。ヒトは純化された劣化コピー。キリストやブッダもその形態の一つとさえ思える。
ボクの言葉はウィルスのようにあなたの心根に突き刺さり電子的DNAを注入する。
ボクが入り込もうとした時はどうか拒まないで。受け入れて。発射まで続けさせて。
そういえばもうすぐジジイの三回忌。