イジメ
新聞にイジメについて著名人のコラムが載っていたけれど、どうも「これで届くのかよ!」って思った。
子供はとても合理的な生き物だからね。
ボクが保育園のころ紙飛行機が流行ってみんな飛ばしてたんだけれど、保育園児は上手く紙飛行機が作れないので、あまり飛ばない。突然、誰かが紙をグシャグシャに丸めて投げたところ、どの紙飛行機よりも飛んだので、以降、紙飛行機はただの紙くずの投げあいと化した。
というくらい合理的な生き物なのだ。
彼は明らかにイジメを発明している。恐怖の先生が来ようと、イジメかっこ悪い論だろうと関係ない。彼らはイジメが必要だから開発し工夫し続ける。きっとイジメが気持ちいいこと(気持ち悪いのも含め心の衝撃が気持ちいい)を知っているし、大人たちも隠れてやっていることを知っている。
それに一度始まったイジメスパイラルは終わらない。「られる人間」も「る人間」も同等の地獄のような心持ちで下降する。下降を止めるには「られる人間」の生を終わらせるか。それとも「る人間」を殺めるか。
だけどね、自殺も他殺も下降を止める手段にはならないと思う。
教育主任が自殺したところで、教育者への落ち度を追及する世間の手が緩まないのと同じことだ。
その主任の心情を知りながら放置した別の誰かが世間にイジメられる。下降する。
結局は下降するんだから、死んだって同じ。それを犬死にという。
それでも逃げたいという言うなら好きにしたらいいけどね。
だけど、本当の復讐は、下降することを楽しんで見下すことだ。
地獄のような気分に浸ることを楽しむこと。楽しめるようになったら次のステップ。イジメスパイラルをコントロールすること。構図をしっかりと見て、誰がキーワードかしっかりと見据えて、楔のような言葉を呟くようにそこに打ち込む。その言葉をきっかけにスパイラルの形状が変化する。それが出来るようになったら、そのゲームで君は神になれる。だから、そのために勉強しなくちゃならない。よく観察しなきゃ。
例えば
「られる人間」だったら、でっち上げの遺言状を提出して、そこにちゃんと書け。「あいつにイジメられたから死にます」って、そんで、それをわかるところにおいておけ、問題を大きくしろ。死ぬ必要はない。状況をコントロールしろ。うまく問題がでかくなれば、「る人間」は人を殺しかけた極悪人のレッテルを貼られるから、「る人間」は少なくとも教師からは「白い目で見られる」だろう。もっと上手くいけばターゲットはそいつに移行する。
子供たちよ。もっと状況を把握して勉強するんだ。世論も含めてニュースの討論番組を見たりね。それを追い風にして状況をコントロールしてもっとたちの悪い方法を開発するといい。悪いことは楽しいぜ。
ボクは提案する。
まずはイジメありきでいこうよ。