自殺株式会社
火曜日, 9月 7th, 2010自殺はいけない。
自殺してはダメである。
STOP!自殺!自殺をしようとする人のサインは以下である。
・自殺をほのめかすような発言をする。
・自殺未遂をする。etc
というようなパンフレットを見た。
このようなパンフレットを作る人は死ねばいいと思った。
死ぬことと、死んだように生きることには、実際はそれほど違いはない。
生きていても感情をoffにしてるなら同じようなものだ。
生きているとコストがかさみ、誰かに迷惑をかけるために死ぬ人もあるだろう。
そのような人は死ぬしかないのかも知れない。
(しかし多くの場合、迷惑をかけられる誰かはその人に生きて欲しいと願っている。死んだようであっても生きて欲しいと)
自殺しようとした人も自殺してしまった人も知っている。
自殺というのは一つの作品である。
感情をoffにして生きるという道があるのに、死ぬ。
それは何かを叫んでいる。何かを叫ぶモノや行為は全て作品と呼べるだろうから、やっぱり自殺も作品に違いない。
感情をoffにして生きるという事は作品ではない。何も叫んではいないのだから。
だから作品になりたいと思う人は死ぬしかないのかも知れない。
わたしと言えば、セックスやお金やその他の欲望が次々とカルマを産み落とし、それらに翻弄され続けている。
カルマどもがグルグルとまわって、その中でもがいているだけの生だと言える。
わたしは作品になろうと思う暇もない。
が、その渦巻くカルマの中で、わたしは愛すべき人を見つける。その人に向かって、ダラダラと涎を飛ばしながら汗水を垂らしてわたしはもがく。その渦の中で絶叫する。それらは無情にかき消されていく・・・。
それで良い。わたしにとっては何の問題もない。
それに、死ぬしかなくなったら、死ぬのかもしれない。
今のところはその気にはなれないというだけだ。
自殺株式会社の前には長蛇の列、巡礼者が次々と建物に吸い込まれていく。
マイロが一生懸命に列の整理をしている。
誰もがいつあそこへ並ぶかも知れないというのに、「死ぬな!」というプラカードを持った連中が周りで騒いでいる。
わたしはそれを横目に、街を疾走する。
アスファルトの水たまりを飛び越えながら、とりあえずお腹がすくまでは・・・。
自殺うさぎの本
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