金襴緞子 久保芳美

japanese darkness
(photo by mojolovich)

久保芳美さんという歌人兼主婦の方と少し交流させてもらっている。
最初はそれと知らずにいたのだけれども、歌集を読ませていただいて僕はひっくり返った。
それから、湿布薬を探して首の後ろに苦労して貼付し、もう一度座り直して読んだ。

「金襴緞子」ヤバかった。短歌ヤバい。

「頑丈な紐をこっちに持ってこいバラバラばらける腹を括るぞ」

「夜の角(かど)体育座りの悲しみがばっちいシャツをやっとこ脱いだ」

「ぴろぴろの薄いレンズを眼にいれるああ人々は輪郭をもつ」

「自己中な回転技でフィニッシュし審査結果は退場処分」

適当にめくっただけでバシュンバシュンと頭蓋にすがすがしい弾丸が撃ち込まれる。
あらゆる言葉の自由さを駆使して、彼女の歌はこちらに飛んでくる。
(俳句や短歌という短い詩は文字通り飛んでくる感じがする)

彼女の短歌は湿り気を排除しているようで、しかしでも湿り気を嫌うという感情も詠んじゃうという戦法をとっており、これはつまり、彼女は湿り気を肯定していて、結局、自分の見てる世界を全て肯定していることに繋がると思う。
と言ってそれは通常、生半可では出来ることではない。
それは多くの人が詩を書くと、自己否定と刹那主義の塊か、
あるいは80年代のラブソングみたいなことしか書けないことからも明らかである。

主婦をしながらこんな風に世界を新しくしてる人がいる。凄い。

「眼の前に便と一緒にぶりぶりと腹から出した子供らがいる」

思春期にこの歌と同じ意味のことを母から言われました。イェイ、生きてる。

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(第四回日本短歌協会賞受賞作品)

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