人生がヤバかった夜

_深夜,巴黎車站。

 

レッド・ホット・チリ・ペッパーズというバンドにジョン・フルシアンテというのが居て、彼の発言に「俺は何事においても成し遂げたことに誇りを持ったりなんかしない。ただ、このアルバムを作っている時は最高だった」というものがあって、自分もそのようでありたいと思うし、そうでなければつい先日子供を置いて離婚したばかりの僕にとって人生が少々辛いものになってしまう。とは言えそんな僕にもこれは誇りを持ってもいいんじゃないかな?というようなことがあり、それは何を隠そう他の人よりわりと一生懸命にドラッグをやったということである。注射とか。

そりゃあ世の中にはたくさんの猛者がいるわけで、そんな人たちの話を聞くと「俺なんか可愛いもんだったな」と思えるレベルだけど、周りに居たドラッグを一生懸命やってた人達の多くは今や人間が崩壊してしまっているのに対して、僕は割と普通に仕事とか出来ている。これはどういうことかと言うと、自分なりにギリギリまで行って戻って来れたということであり、これは自分でも偉かったなと思う。最近で言えば、危険ドラッグやなんかも特にやりたいとは思わなかった。今となってはドラッグなんかよりセックスの方がよっぽどいいと思えるどこに出しても恥ずかしくないただの助平なおっさんになれたのである。拍手。

さてご存知のようにドラッグと一口に言っても主に三種類に分類することが出来る(※)。元気になるアッパー系。トロトロしちゃうダウナー系。幻覚などが楽しいサイケデリクス。日本ではアッパー系であるところの覚醒剤に目が行きがちだけれど僕はたまたま手に入りやすかったダウナー系をメインに嗜んでいて、そこにアッパー系とダウナー系がミックスされたブロン錠(現在、有名なブロン液からは効く成分がなくなっているが錠剤の方には残っている)を毎日八十錠くらい飲み、お金のあるときは当時合法だったサイケデリクスのマジックマッシュルームなどをトッピング的に摂取していた。そんなことをしていると当然友達は減っていくが僕はあんまり気にならなかった。というのは大嘘で、気にしまくって落ち込んでたし、落ち込むから余計に手を出してしまうという典型的な悪循環に陥っていた。そんな中、ドラッグ仲間かつ付き合っていた彼女が自殺未遂をするという事件があり、その日から彼女はスイッチが入ったように自殺未遂を繰り返すようになった。ドラッグの量も増えてゆく一方でまともな会話が出来ない。僕は毎晩彼女の家に行っては宥めたり怒ったりなんかをしていたんだけど一か月くらいすると遂に僕にも限界が・・・。駅で電車を待っていると、突然轢死のイメージが飛び込んできたのである。普通頭の中で起こることは大概予測できるものだけど、これは全く予想できず、え?みたいなになっていると、再びバシュンと映像が浮かぶ。ありがたいことにそれには脅迫観念もくっついていて、飛び込めということだろうか?え?え?いやいやいや、なんでだよ!と頭の中で必死に自分と格闘する。いくら人生は自分との闘いとは言え、こんなのはまともな人間のする闘いとは言えず、わわわ!遂に僕も外から鍵のかかる病院に行かなきゃダメなのか?と第三の自分も出現し、結局、二時間あまりも動けなかった。ベンチもすっかり温まった頃、幼馴染から着信があって「飲みに行こや!」と能天気な声。僕は出来るだけ整理して現状を伝えると、彼は「ほなタクシーでおいでや!」とあっさり解答、僕は改札を抜けてタクシーで帰ることが出来たのである。

その夜から高熱が出て一週間くらい寝込んでる間、いっさいのドラッグをやらなかった。その後も少しはやったけど、徐々に減っていって三か月ほどで全く手を出さなくなり、それから社会復帰するまでに色々頑張って現在に至るんだけど、ホームは今でも怖い。怖いながらも本当に自分は大丈夫なのかどうか心配になって必ず白線の上くらいまで行ってみる。白線の内側が生者の世界なら、外側は死者の世界。さぁどうだ、僕はまともか?ってまともな人間がそんな確認行為をするわけはなく、やっぱりどっか壊れちゃったんだろう。それでも仕事とかしてるし、チンコだってまだまだ硬くなるし、いざという時は医師に相談するなどしながら、どうにかこうにかまともに生きてる。それも、「どうにかこうにか」を楽しめるくらいには元気に。拍手。

 

※これは危険ドラッグにおいても同様で、危険ドラッグは全部同じ効き方をするわけではなく、様々な効き方をする様々な商品があるということを覚えておいても損はないだろう。