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スパズム 7
次の日は、休みで一日眠ってた。
その次の日は僕が三つのことを知る日だった。
出勤するといつもと違うざわつきがあって、出村さんと三木さんが口論していた。
僕はざわめきの中から二つのことを知った。
一つはブッコさんが消えたこと。
一つは新しい患者が入ったこと。
三木さんはブッコさんが消えた理由を出村さんに問いただしていた。
出村さんは「亡くなったんだ」としか言わなかった。
騒動は収束し、僕は業務に突入。ライブのことなんかを考えたりしながら、それでも一生懸命に動いた。
僕はもう随分と無駄なく身体を拭くことが出来るようになった。
清拭。そう呼ばれるこの作業には色々な意味があって、もちろん、身体の清潔を保つこともあるけれど、それ以外にも、観察。例えば床ずれなんかの早期発見とか。あとは血行。寝たきりでいつもベッドに貼りついている背中に血液を循環させるといったような意味がある。循環はとても大事で、血液が流れにくくなった場所には必ず悪いことが起きる。
人の来なくなった商店街がつぶれるのとたぶん似ているのだろう。
だから、この作業はとても大事なんだと三木さんは言っていた。
昼休みに三木さんと飯を食っていると、新しい患者の受け入れをナコちゃんが担当したが、その時に気分が悪いと早退したことを教えてくれた。
僕はナコちゃんが心配で、その日のその後のことはあまり覚えてない。彼女は、少なくとも今までの付き合いで、自己管理のできる人だとわかっている。早退というのは余程のことに違いないと思った。もう一度書いてもいい。僕はナコちゃんが心配だ。
午後から脊椎反射だけで働いた。ナコちゃんのいない職場は全く不毛地帯のようだった。
仕事が終わると、僕は速攻メールを打った。
「調子大丈夫?」
それだけを送って、車を運転。それから家に帰って、食事もそこそこにジっと待った。
返事は中々来なかった。逡巡。もう一度、メールするか?いやしかしでもしかしまてしかし、何度もメールするのは得策じゃない。僕はナコちゃんに嫌われたくない。やはり、待つべきだ。という結論を出してすぐに、メールした。
「本当に、心配なんだよ」
矛盾してることはわかってる。でも、僕は思考がループしたら、魂の声に従うようにしている。それは誰のためでもなく、自分のために。湿っぽいと思われても仕方ない。魂レベルで湿っぽいなら仕方ないじゃないか。無理にカラッとしてみたって、そんなのはどうせすぐに壊れる。
夜中の2時ごろ、メールが返ってきた。
「新しい人。彼氏だった」
不謹慎にも、自分のことしか考えられなかった。いただけないなとすら思った。神様、僕はやっぱり糞ですか?
それから僕は何度もメールを書きかけて消去を繰り返して繰り返して繰り返して、結局何も返せなかった。
僕の中に本当の言葉がなかったから。
少なくとも僕は嘘の言葉では塗り固めないだけの純粋さでもってナコちゃんに関わっていたかった。
その夜は、久しぶりに眠れなかった。
胸に丸い鉛の玉が何度も落ちてきて、ドシンドシンと僕を眠らせなかった。
つまり、今日知ることになった最後の一つは、「新しい患者はナコちゃんの彼氏」だということだ。
それでも朝が来て、僕は出勤する。
出村さんに挨拶をして、オムツ交換をして、清拭をして、掃除をして、注入食の準備をした。
ナコちゃんは、いなかった。代わりの人がいた。
別にどうってことはなかった。10分に1回の割合いで頭にナコちゃんが現れて、鉛の玉ボディブローと胸ドリルの総攻撃がある程度のことで、外見上僕は普通だった。何の問題もなかった。
僕はまた脊椎反射で働いた。身体を動かしていれば、何も考えずに済む。
目の端っこにちらりちらりと触覚が見えた。それを避けるように走りまわって動く。
動け動け動け動け。
次の日も、その次の日もナコちゃんは来なかった。
僕は同様の方法で働いた。
ありきたりの言葉で言うなら僕は無力だった。中身が空洞なくせに痛みだけは人一倍感じる。僕は弱虫だった。
風邪をこじらせたとみんなは言っていた。つまり真実を知っているのは僕だけだった。
心が切断された彼女の痛みを僕だけが握っていた。
それで、やっぱりメールを打った。
「休んでるけど、大丈夫?」
これがもし手紙なら僕の右腕全ての力を振り絞って書かれたものと筆圧でわかるだろう。それくらい君が心配で、それくらい僕には君が必要なんだと伝わるだろう。でもこれはメールだった。どんなに全力でボタンを押しこんでも、軽い文字が液晶に踊るだけだった。僕にはそれがとても悲しかった。
意外にも返事は早かった。
馬鹿だと思われるだろうけど、僕はそれだけで嬉しかった。
ナコちゃんからのメール受信ってだけで、心が晴れた。
「大丈夫だよ。でもそこではもう働けない気もする。少し長く休んで考える。でもスタジオとかは行けるから、言ってね」
文面に絵文字が追加されていたけれど、やっぱりメールじゃ向こうは見えてこない。
元気なのか?
辞めるのか?
僕は再び眠れずに、彼女へのメールを書きかけては消しを繰り返し、ちょっとした病気状態に陥ってしまっていた。
三木さんが飲みに行こうと誘ってくれてもあまり乗り気はしなかったが、行くことにした。
それはただ先輩としての三木さんの誘いだったから・・・。
居酒屋の中で三木さんと僕はテーブルに座って乾杯した。
ビールはとても苦い。
「ダイノ。あそこはおかしいだろ?いや、元からおかしいんだけど、もっと深いものが俺はあると思う。だから調べないか?」
唐突に三木さんがそう言ったので、意味がわからなくて吹いた。
「ど、どういうことですか?」
「ブッコさん。あれおかしかっただろ?前にもあったって言っただろ?それも必ず夜に起きる。そしてその日に新しい患者さんが来る。おかしいって絶対」
三木さんの言うことはもっともな疑問だった。
でも、元から合法な施設ではない。新しい患者が来るのも何かルートが存在するのかもしれないし、そもそも、何をしようって言うんだろう?
「で、どうするんです?具体的に」
「簡単だよ。時々夜に張り込んでみる。ロッカーの端っこにちょっとした物置みたいな場所があるんだよ。そこに潜りこんでみたんだ。当直をしてる奴は一人だけだった。知らない奴。だからそいつに気をつけてればいけた」
「やったんすか?」
「あ?やったよ。別にどうってことはねぇだろ。一晩くらい」
「なんで、そこまで、やるんすか?」
「ん〜〜〜〜〜〜、まぁ自分の母親がよ。あ、俺片親なんだ。で、脳梗塞。俺、家に寄りついてなかったから知らなかった。たまたま知ってさ。訪ねて行ったんだ。病院に。そうしたらびっくりだね。いねぇんだよ」
「え?どういうことですか?」
「いなかった。転院だってさ。転院先に行ったら、またいねぇんだ。5つくらい探していって、死んだって言われたよ。まぁ調べたらさ、身寄りのない植物人間を長くおいておける病院なんてないんだよ。病院が儲からないからな。それで、病院から病院へ移すんだよ。そうしたら新しい入院ってことでお金が稼げる。一通り稼いだらどこか別の病院へ。そういうことをやるブローカーみたいな奴がいるんだってさ。・・・・つまり、わかるか?」
三木さんの言葉は不器用だったけど、僕にはとてもよく伝わった。
彼の思いが空気を振動させて僕の喉元まで入り込んでそこでまた振動した。だから僕にはとてもよく理解できた。
僕はナコちゃんのことではち切れそうだったけれど、三木さんの提案に乗ることにした。
理由は?
なんとなく、三木さんと僕には同じ重さや、同じ切迫感があったから。なんとなく。とにかく、はっきりと明言できるような理由なんてのはなかった。自分の行動の理由にはっきりとした明確な理由を全て述べられる人がいたとしたら、その人は詐欺師か嘘つきだ。僕は自分の行動の3割も説明できない。しかもそれで十分だった。
僕たちは変則勤務をしていた。
早出、普通、遅出。
その中で、遅出の時、かつ次の日が早出の時に忍び込むことにした。
帰る時にロッカーの端に隠れる。
みんな驚くほど無関心だった。怖いほどだった。
みんなが帰った後、僕は物置の中に滑り込んだ。
そこは真っ暗な小さな小部屋で、段ボールなどや備品が積みあがっている場所だった。
僕はそこに息を潜めた。
三木さんに言われた通り、携帯用のライト、携帯電話と予備のバッテリー、紙オムツ、ゴミ袋、食事、飲み物その他を積めたバックから、携帯電話を取り出して三木さんにメールを打った。
「無事潜入成功」
「オッケー。23時から、奴らは眠るようだから、動くのはそれから。ただし、患者さんのいる場所には監視カメラがある。今回の目的は見て知ることだから、入る必要はない」
「了解です」
今は22時半で、これからまだまだ夜は長かった。
ナコちゃんにメールをする。
「少しは落ち着いた?」
返事は来ない。
僕は「俺はがんばってるよ」と液晶の消えた電話に呟いた。
誰からも隠れて、小部屋に僕が充満した。そのまま少し眠ったようだった。
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